2010年11月9日火曜日

ゼブラ。

ケニア生活ではお馴染みのシマウマ=ゼブラ。

シマウマを発見するとテンションはまだ上がるが、その持続時間は確実に短くなってきた。

ケニアの動物に見慣れて、将来家族を持つことになり、動物園にでも行くことになったら、
白クマ以外のゾーンを素通りしてしまうかもしれない。
「お母さん、早いよ~。」と子供に言われながら。

それとも逆にケニアの思い出に浸り続け、シマウマやキリンを感慨深げに見つめ続けるか。
「お母さん、遅いよ~。」と子供に言われながら。

ま・・・、それより家族。

ところで、完全にいらない前置きが入ったが、今回はシマウマの話ではない。


ゼブラ模様の服を着た人々の話である。

毎日病院内でざっと20人以上は目にしているゼブラ集団。

そう、彼らは国境を越えた熱狂的な阪神タイガースファン、

・・・であるわけもなく、


刑務所から来た囚人たちである。赴任以来、囚人を見ない日はない。

病気の囚人たちが、手錠をかけられたままの状態で大きなトラックに載せられて運ばれてくる。


囚人3~4人に1人、大きな銃を持った警察官が付き添う。

付き添いの警察官はいつも楽しくおしゃべりに夢中。

囚人たちも、とてもリラックスしているように見える。

一般人と囚人が隣り合わせで芝生の上でくつろいでいても、問題なし。

一般人の目に触れないようにするという配慮は全くない。

逆にゼブラ集団の近くを得体の知れない日本人が通りかかろうものなら、

警察官も含めて全員、ガン見。

いつも刺すような視線を感じながら、

「見るな。私の顔を覚えるな!」

と心の中で叫びながら、何食わぬ顔をして早足で通り過ぎる。

なんだかなぁ・・・。
と、いつも感じてしまうのはその待遇。

病院まで連れてきてもらえて、いつも混雑する午前中に優先的に診察してもらえて、

治療薬も処方してもらえて、ゼブラのパジャマタイプに加えてゼブラのベスト、

ゼブラのダウンジャケット、ゼブラのマタニティドレスも

必要に応じて着せてもらえるようである。


しかし一方で、日本と比較にならないほど厳しい貧困があるケニアで、

遠くて病院に通えず、毎回長時間待ち続け、

お金がなくて薬も治療も受けられず、妊産婦検診も病院出産も望めず、

毎日ボロボロの同じ服を着ることしか出来ずとも、

決して犯罪に手を染めることなく、毎日懸命に生きている人たちがいっぱいる。

もちろん犯罪者である彼らにも人権はある。


この間、縄で手足をきつく縛られて引きずられるようにして連れて来られた人をみた。

その乱暴な運ばれ方を見て、それこそ盗人が御用になったのかなと感じたのだが、

彼は精神疾患の患者だった。

精神疾患や身体障害者を異常者として見下し、人間扱いしていない場面を病院の現場で見る。


レイプの被害を受けた少女が、ポリスレポート(犯罪被害報告書)を記入するために、

多くの医師や看護士に羽交い絞めにされて、

泣き叫びながら診察を受けていることも目にしたことがある。

それも一度ではない。

布をかけてあげるという配慮もなく。

ただでさえ見られたくない部分を、事件の直後に多くの男性に取り囲まれて診察される恐怖を

想像するだけでいたたまれない気持ちになる。


彼らの人権が侵されていることだけははっきりわかる。



なんだかなぁ・・・。

その度に感じる、ぶつけどころのない憤りや悲しさを

ここでは、私だけが感じているのだろうか。



また、そう感じるのは、私が日本人だからだろうか。



1 件のコメント:

sachie さんのコメント...

わかる。


それは、たとえケニヤ人になれていないのだとしても、日本人のままで せっかくそれを感じられる恵まれた環境に生まれた人間として失いたくないものだ。