2012年1月24日火曜日

HIV陽性孤児院の訪問。


一時期、日本のHIV予防啓発ポスターに大きく書かれていた「STOPAIDS!」
この言葉をみて、HIV陽性者の男性が「HIV陽性者よ!撲滅まで動くんじゃない!といわれているようで、身動きできない思いがする。
日本のHIV予防啓発ポスターなどは、まだまだ陽性者の立場に立ったものではないんですね。」


と、笑いながら話してくれたことを時より思い出す。
これは日本で受けたエイズ補完研修(エイズに関連する職種の隊員が受ける9日間の特別研修)でのこと。

物事を片側からしかみていないということは、とても盲目で危険なことだと教えられたことが何度もあった。
そしてこれこそが、日本では気付けなかったことなんだろうと、ここに来たとき以上に思っている。
HIV陽性者といえど今は無料で治療も投薬も受け入ることができ、普通に暮らしながら寿命を全うできる。」
そんな当たり前のことを私は認識しているはずなのに、本当に普通に暮らしている姿を前にすると目頭が熱くなる。



昨年の活動の中で孤児院を訪問したときのことである。
そこで生活している子どもたちは両親を亡くしているうえに、みんなHIV陽性者。
親戚や路上で保護されて連れてこられた子供たちだ。
同じNGOが経営する孤児院はナイバシャに2つあり、HIV陽性の子供とそうでない子供とで分けられている。
「なぜわざわざ分ける必要があるのか?」
HIV陽性者=危険?〉そんな捉え方がそこにあるのではないかとの質問に、
HIV陽性の子供たちは毎日2回決まった時間に薬を飲み、
 毎月1回病院に行く必要があります。
 この子たちは、これを一生繰り返さなくてはなりません。
 それを確実に行うために施設をわけて管理しています。」と、教えてもらった。
すべて知識として持っている情報ではあったけれど、
陽性者として普通の暮らしを営むということがどれほど大変なことなのかを
私は何も知らなかったんだと感じた。
そこに学校から孤児院の子供たちが帰ってきたので交流させてもらった。
その日私は午前中にHIV予防啓発の授業で学校に行った帰りだったので、手元には一通りの教材がそろっている。
しかし、それらはすべてHIV感染しないための知識である。
もちろん裏を返せば感染させないための知識にもなりうるけれど、


それらを陽性者の視点から見たときに、
その存在自体を否定するような内容が絶対含まれていないと言い切れる自信もなければ、
その後に安易な落とし所で終わらせるディスカッションをする気もなく、
HIVについては結局触れずに終わった。

「エイズ対策」として派遣されていたり、学校を回りHIV/AIDSの授業をしている私の存在自体、
HIV/AIDSを超特別視している人間」
としてこの子たちの目に映るような気がして怖かった。

代わりにその日はギターを持っていたので一緒だった同期隊員と共にみんなに歌の披露をした。
将来、裁判官になりたいという学年で成績NO.1の高校生の女の子は
「君は自由に何にでもなれるんだ 君は自由にどこにでもいけるんだ」
という歌詞を、大きくてしっかりした瞳でじっと見つめていて、それが何とも印象的だった。

身寄りのない中で、“HIVに感染している”という向き合わざるをえない現実の厳しさ。
「色んなものを乗り越えている子供たち」としてみるのは、こちらの奢りだと思うけれど、
それでも笑顔で将来の夢を語り、元気に生活している子供たちの姿に、

今まで経験したことのない強さを感じた。

2 件のコメント:

HANA さんのコメント...

あの研修はほんとにいろんなことを考えさせられたよね。エイズ感染対策として派遣されたけど、HIV陽性者の立場から物事を見ることも時には必要だよなぁ。

MIHARU SHIMIZU さんのコメント...

あの研修、懐かしすぎるわ~。
髪型アシンメトリーやったしな 笑

そう、あの日私たちは東京で出会い、
あの日からHIVへの思考は止まることがない。
今から振り返ってみても、濃すぎる研修やった。