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2011年9月8日木曜日

KESTES。


先週の土曜日に、KESTESの総会がありナイロビに再び上がった。


KESTESとは、ケニア協力隊の有志で運営している組織で、
「Kenya STudents' Educational Scholarship:ケニア奨学生支援制度」の略称である。
過去の奨学生には、医者になった学生もいる。

主な活動内容は、成績優秀にもかかわらず、経済的に困難などの理由で学校に通えない学生の支援をしていこうというもの。
そして、それを支える募金活動の実施。

地域に派遣され草の根レベルで活動している隊員だからこそ
本当に支援を必要とするところに、ちゃんとした支援を届けられる素晴らしい制度だ。

ケニアに来て早々この制度の説明を先輩隊員から聞き、すぐに組織の一因となった。
KESTESに入ったからこそ知ることのできるケニアの学校事情。

毎回、驚かされることが本当に多い。


ケニアの学校では、学費が払えない時点で、家に帰らされる。

試験も受けさせてはもらえない。



日本では、給食費未払いや学費未払いの問題があったっけなぁ。という話は、今回置いといて・・・。


学校に通えないほどの貧乏にもかかわらず、成績優秀の生徒を見つけることは結構難しいのだ。

そんな条件の中で実際に支援を受けている奨学生の実状を聞き知ると、
感動するほど頑張っている学生に行きつく。

何としてもかんとしても、支援してあげなければ!と感じるほど、彼らの置かれている状況は過酷である。


現在KESTESで支援している奨学生は6名。

両親が共にいないのは結構当たり前。

校長の家に預けられていたり、いとこの家に預けられていたり、等々。

その家では実の子供たちとしっかり区別され、家事手伝いをこなしながら住まわせてもらっている状態。

その中で、成績優秀である。

すごい。

先週は奨学生の精査・承認をする定例総会に加え、KESTESの過渡期となる現在約30名の隊員が総務班、広報班、イベント班に分かれ活動内容についての整理に入った。
改めて支援制度の評価基準を精査したり、日本も含めた広報の方法を考えたり、イベント募金活動の企画をしたりどの班も活気にあふれていた。


奨学生である彼らの世代は、間違いなくケニアの未来をつくる世代。


8月の隊員総会でKESTESの活動発表の際に奨学生のひとりがきてくれて、
全隊員の前でスピーチをしてくれた。

「僕は一人の協力隊員を通じてKESTESからの支援を受けることができました。
 僕は本当に恵まれています。
 僕と同じ境遇の子供たちはケニアにたくさんいるからです。
 しっかり勉強して働けるようになれば、今度は僕がそんな子供たちの夢を支援したいと思います。」

彼は勉強のみならず、陸上の円盤投げで高校生でありながら
全ケニア4位に輝き、東アフリカ大会に出場する成果を挙げている。

たいしたもんだ。

彼を担当している隊員は現在2代目。
もう親のような存在で、彼の活躍をうれしそうに報告してくれる。

ケニアでも日本でも変わらず、生徒に関わることは、人生を2倍も3倍も楽しんでいるようで面白い。


夢を抱く権利は誰にでもある。

KESTESを土台に、大きく大き~~~く羽ばたいていって欲しいと心から願っている。

イベントでの制度紹介&募金活動


随分イカしたTシャツですね~。
誰がデザインしたのかな?
1枚1,000Ksh
そのうち550Kshが寄付になりますよ~。
あなたも買えますよ~。

詳しくは、WEBで!
KESTESホームページ随時更新中:http://jocvkestes.wordpress.com/





2011年8月29日月曜日

Tシャツプロジェクト終了。

東日本大震災から約半年。

以前、このブログでも告知した「がんばろう日本。チャリティTシャツプロジェクト。」が
ケニアをはじめとする世界各国から大変多くのご協力をいただき無事終了した。
(過去ブログ:「がんばろう日本。チャリティTシャツプロジェクト。」)

ケニアでのTシャツの製作・発注等は、実際のところ・・・かな~り大変だったけど、いい経験となった。
当初、完全に受身だった私に、第一声を掛けてくれた先輩隊員には本当に感謝している。
やはり何事も経験である。と、しみじみ。


すべては
世界に散らばっている協力隊の皆さんをはじめ、
イギリスの学生さんが学園祭で製作&販売してくれたり、
ケニア国内にある日本の大企業、ケニア日本大使館、ケニア日本人会の皆さんにも協力していただいたおかげ。

その度にケニア在住の多くの日本人とこのプロジェクトの架け橋となってくださる様々な人々との出会いがあった。

恐らく普段の生活では出会うことのない人々と海外から故国を想う気持ちを共有することで何度も温かい気持ちになった。

そしてまた忘れてならないのは、
多くのケニア人が遠い日本を想いながら、決して安くはないTシャツを自ら購入してくれたこと。



おかげさまで、

Tシャツ販売枚数  544 枚

総売り上げ額   451,500Ksh(約40万円)


近日、宮城県名取市の「東北国際クリニック」に義援金として送金する。


東日本大震災により被災された方々へ、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げるとともに、
新しい東北、新しい日本に向かって、一日でも早い復興をお祈りしています。


皆さんへの深い感謝を込めて、ご協力ありがとうございました。

2011年6月29日水曜日

Tシャツ探して三千里。

本日はチャリティTシャツの納品のためにTシャツ会社本社のあるナイロビに日帰りで行ってきた。

本日の納品を終えても、まだ終わらないTシャツの旅。

しかし、ようやく後少しのところまで来た。

長期間にわたっている原因はTシャツの在庫不足である。

「ネイビーブルーもスカイブルーもTシャツ市場にないんだよ。」

ということなので、本日はそれを自分の目で確かめようと

おっちゃん行きつけのTシャツ卸屋めぐりをした。

行く先々で「どうだね。質のよいネイビーブルーは入ったかね?」と挨拶を交わすおっちゃん。

もう、どこの店でもお馴染みのようだった。
2時間ほどかけてナイロビ市内にそれぞれが離れて点在する7店を歩いてまわったため非常に疲れた。


結論からいうと、ネイビーブルーは本当に入手困難だった。

バカでかいXXLはあってもSMLがない。

しかし、今日は一軒だけ在庫のある店があった。




おっちゃんは、非常に非常に喜んでいた。

それが商売とはいえ、おっちゃんの頑張りを見て「ありがたいなぁ」としみじみ感じた。




このプロジェクトが始まって3ヶ月。

被災地は今、どんな様子だろうか。

2011年4月29日金曜日

Tシャツ隊員活動。

しばらく休んでいる間に、書ききれないほどの出来事が起こっておりますが、私は元気です。
少しずつ振り返りながら、書くこととします。

去る4月16日、キスムというケニア第3の町にあるミュージアムで、先輩隊員が企画したケニアの子供達を対象にした環境と未来をテーマにしたイベントが開催された。
ケニアに派遣されている50名以上の協力隊も各地から集まり、準備や当日の運営を分担した。
子供たちが楽しめるように工夫されたお絵かきやスポーツや化学実験教室や日本紹介や夢を語るブース、メインステージでは歌にダンスにファッションショーありという、500人以上のケニアの子供達が参加したビックイベントとなった。

そんな中私は、その前日に日本から到着したばかりの日本人3名(元生徒、同期隊員の姉、友人)を引き連れて、任地ナイバシャからマタツで6時間の移動。


任地が遠いこともあり、準備にはほとんど関わってこなかったこのイベントだったが、私としては当日に向けての大仕事があった。
それは以前企画した「がんばれ日本!チャリティTシャツ」で注文のあった157枚のTシャツを当日に間に合わせること。

この一点のみ。

そう、レッドリボンズキンちゃんTシャツを担当してくれたあのおっちゃんとの勝負である。
「早くて、雑」が売りのこのお店。
Tシャツプロジェクトが始動して以来、今や誰よりも頻繁に電話をする仲である。

結局、任地出発の3日前に余裕で出来上がるはずだったこのTシャツ157枚は、
任地出発の直前のおっちゃんからの「あと1時間後には持っていくから!」という電話から
5時間後にようやく手元に届いた。

いや、むしろ、届いたことが奇跡。


ということで当初の予定の午前11時を大幅に過ぎた午後4時半に任地出発。

キスムには午後9時過ぎに到着した。

せっかく日本から来たばかりの皆さんに移動中のケニアのきれいな風景を見せたかったが、真っ暗闇で隣に座ったケニア人の顔さえも見えない中での移動となった。


しかし、何とか間に合ったTシャツは、イベント当日には多くの参加者の皆さんに着てもらうことができ、その景色に感動した。
おっちゃんにも見せたかった。

今回たった157枚でケニアのTシャツ市場からネイビーブルーのTシャツを買い占めたと豪語していたおっちゃん。

油断をするとすぐに数をごまかしたり、質を下げるので、毎回かなり念入りにチェックしている。

そのため正確にTシャツを揃えるのに一苦労ということらしい。

おっちゃん、それ、日本では普通やから。

そして、フェスティバルが無事終了して新たに入っている追加注文数は

約300枚・・・・。

今回の注文の2倍・・・。
各国のたくさんの人々の大きな愛と共に、大きな盛り上がりを見せているこのプロジェクト。

若干、枚数が増え続けることが恐ろしくもある。



おっちゃんには是非アフリカ全土のネイビーブルーTシャツを視野に入れて、

これからも現在のざっくばらんなスタイルで頑張っていただきたい。
 
イベントを終始盛り上げた
悪役【タカタカン〈ゴミの意味〉】とヒーロー【リサイクルマン】


子供から大人まで多くのケニアからのメッセージ
みんな自らすすんで書いてくれます
多くの交流も生まれます

恒例のソーラン節も披露

運営委員のみなさん本当にお疲れ様でした。
素晴らしいイベントをありがとう。

2011年4月7日木曜日

モリンガ。

「生命の木」、「魔法の木」とよばれ世界では有名な植物がある。

それが「モリンガ」。

ケニアではモリンガーZと呼ばれる偉大なエイズ対策の先輩隊員がいてくださるおかげで、
総会やイベントなどのあらゆる機会に、
JICA事務所やドミトリーなどのあらゆる場所で、
お茶や石鹸やパウダーなどのあらゆる製品となって、
ことあるごとに自然に視界に入ってくるモリンガに興味をもたないわけがないのだ。

「モリンガ」が前途のような異名をもつ所以は、葉っぱの先から根っこの先まで全て利用できる付加価値の高さと、
非常識とまでいわれる高い栄養素である。

ギャバ(γ‐アミノ酪酸)⇒玄米の60倍・発芽玄米の12倍以上、食物繊維⇒ごぼうの5倍、
カリウム⇒トマトの11倍、カルシウム⇒小松菜の3倍、亜鉛⇒にんにくの7倍、
鉄分⇒ホウレンソウの3倍、マグネシウム⇒玄米ご飯の16倍、 ビタミンA⇒ホウレンソウの13倍、
ビタミンB1⇒豚肉の4倍、ビタミンB2⇒まいわしの50倍、 ビタミンB3⇒ピーナツの50倍、
ビタミンE⇒アーモンドの2倍、β‐カロテン⇒人参の3倍、イノシトール⇒トマトの8倍、
ポリフェノール⇒赤ワインの8倍

☆モリンガ「葉」「茎」「花」「根」「種」全てにある様々な効能300種類
詳しくはこちらのHP参照(http://activegroup-jp.com/index.html)

うん、たしかに非常識だ。何やらとてつもなくスゴイということは伝わってくる。

地球上の食物の中で最高級の栄養価ということらしいが、何よりもこの「モリンガ」、苦く、マズい。

以前、種をそのまま食べられると聞いてうっかり食べたが、半日中気分が悪くなったことがある。

最高級の前に、果たして食物として分類されるべきものなのか?という疑問がまだ拭えない。

しかし、東南アジアやアフリカを中心に貧困を救う木としてとても期待されているモリンガ。

健康食品としても生活習慣病や精神疾患、精力減退にわたり効能効果があり、化粧品オイルや水質浄化成分なども持っているとのことで、日本でもとても注目されている。


今日はユースグループとの定例会議の日だったため、最近少し雨も降るようになってきたし、
植物が育つのに適したこの時期にユースグループと共にモリンガを植えようということで
昨晩から水に浸して準備しておいた大量の種を持っていった。
彼らのほとんどはモリンガのことを知らない。

以前、常夏のモンバサから来た同期隊員がスーパーの袋いっぱいに持ってきてくれたモリンガの種。
ケニアでも気温の高い地域でよく見られるモリンガは、ナイバシャのような高地でみることは稀である。
育つかどうか、やってみるべし!ということで今回の試みとなった。

今回で実は2回目である。

1回目は、ひどい乾季で水源が確保できなかったこともあるが、一番の原因はメンバーが会議中に種を8割以上食べてしまったためである。これから植えると説明している種をなぜあんなに勢いよく食ってしまうのか。
どうやら、彼らにとっても「健康にいい」という文句はとても魅力的で、さらに「イケル」味だったらしい。

結局今日の会議はいつも通り非常に長引き、種まきは明日の朝へと持ち越しになったが、1年間でなんと3~5mにもなるモリンガを、ついに明日みんなで植えられるかと思うと非常にワクワクしている。

大量の種を水に浸して一晩放置。
「何か効果がある気がする」ということで、この茶色の水を保存。
しばらくこの水で洗顔を続けてみることにしよう。

2011年4月6日水曜日

どや顔。

この日をどれだけ待ちわびたことか・・・。

衝撃のサンプルを見てから2週間。その後の手直し3回。

本日、ついに!レッドリボンずきんちゃんTシャツの完成品を手にすることが出来ました。

青年海外協力隊の文字もバッチリ

3度目の正直。ようやく本物に出会えた。

予定では商品受け取り時間午後6時。

しかし、7時前に「ナイロビを今出たよ。」という連絡。

結局、Tシャツ屋のおっちゃんがナイバシャについたのが8時。

その時間帯、あたりは真っ暗なので今日は無理かな・・・、と思っていた矢先。

おっちゃんが「MIHARUの家まで届けるぞ!」というので、待つことに。

Tシャツ屋のおっちゃんピキピキ(バイクタクシー)に乗って登場。

そこで全ての枚数を確認したところ、全てのサイズが2割ずつ枚数足りていない。

それはまだ乾いていないので明日持ってくるつもりとのこと。

「なぜ、少し置いてきちゃったの?」という疑問は、今回置いといて・・・。




本日のメインは、先日お伝えしたチャリティTシャツのサンプルのチェック!!

大変早くて雑な仕事ぶりを前回たっぷり見せていただいたので、今回もある意味期待していたのですが、


再来週に大きなイベントがあるので、それに何としても間に合わせたいということで、

説明の段階から、「デザインはこのままを使ってね。」「この色は明るい色を使ってね。」

「しっかりメモをとってね。」「出来るだけ安くしてね。」「とにかく集中してね。」と何度も呪文のように繰り返した結果。


できてるや~ん!!
なんと、一回目でちゃんと出来ていてビックリ。

発色をよくするための2色刷りという技も駆使していて、なかなかのクオリティです。


思わず日本語で「おっちゃん、やるやんか~!」と、
肩をバシバシ叩き大きな感動を伝えました。


よく考えたら、日本では当たり前のことなんですが・・・。


夜8時過ぎに私の家で輝きを放つ
おっちゃんの「どや顔」
日本語でいうサ行のかつぜつが非常に悪いこのおっちゃん。
電話では、何言ってるかさっぱり分かりません。
しかし、毎回、にくめない。


 念入りにチェックした後、ズボンにシャツインする人のためにも

プリントの位置を少し上にズラしてもらうようにリクエストして本日は終わりました。


明日はインクの匂いが充満し続けているこのサンプルを着て、宣伝に出かけます!



2011年3月27日日曜日

「がんばろう日本。チャリティTシャツプロジェクト。」

日本で起こっている大震災に対して、遠く離れているから何も出来ないというよりも、
日本にいたときの自分は、そんな時たいして何もしてなかったじゃないか、と思います。
しかし、日本を飛び出して世界中に散らばっている協力隊仲間と共有しているメーリングリストやブログでは、
海外にいるからこそできる募金活動や世界中の国々と日本とを橋渡しする活動が報告される毎日です。

刺激があり、発見がある。
色んな思いを共有できる。
何でも出来そうな気がする。
海外でも、日本でも、変わらない。

以前のブログで書いていたことが、またまた実感されます。(我ら協力隊。)

さて、そんな仲間に後押しされて始まった「がんばろう日本!チャリティTシャツプロジェクト」。
これはケニア協力隊のコミュニティや企画されている様々なイベントを通して、
ケニアに住んでいる人々の想いを日本の被災地に届けようというものです。
Tシャツの販売を通して皆さんから集まった義援金は私たち協力隊が訓練所中に公演してくださった
「地球のステージ」の主催者・桑山紀彦先生の東北国際クリニックに全額寄付されます。

今回の震災においては桑山先生自身も被災され、現在は宮城県名取市で奇跡的に残ったクリニックを拠点に、
24時間体制で診療、避難所への移動診療にと最前線で活動しておられます。

震災から日を追うごとに過酷になっていく被災地の状況。
是非、先生のブログからマスコミでは報道されない被災地の現状を多くの方に知っていただけたらと思います。
HPからも義援金の募集を受付されています!!
(地球のステージHP:http://www.e-stageone.org/)
(桑山先生の活動ブログ:http://blog.e-stageone.org//英語版:http://www.stage-earth.ca/)


前面のデザインは、「世界中の大きな愛に包まれている日本。これからの再出発と新しい日本に向かって“がんばろう!日本”という言葉をみんなで分かち合う。」という意味。
背面のデザインは、「We pray for JAPAN.」の文字と共に、「日本の象徴である力強い富士山。朝日は必ず昇り、日本を希望の光で包み込 む。どんな困難な状況でも未来を担う新しい芽は育つ。」という意味を込めました。

Tシャツは1枚1500Ksh。(1,500円)
これを見てくださっているケニア在住の方で購入を希望される方がおられましたら、是非こちらまでご連絡ください。(gutssmile@gmail.com)
また、ケニア以外にお住まいの方で送料がかかっても購入したいという方も、直接メールでご連絡いただければ郵送方法や振込方法などご相談させていただきます。

また、このデザインを使用して自分の国でもチャリティ活動を始めたいという他国の協力隊員がおられましたら、喜んでシェアしますのでご連絡ください!

Tシャツ隊員。

エイズ対策隊員改め、もはやTシャツ製作隊員です。

思い返せば5年前、大学3年生の頃に初めて売り出した第1号【変わらなきゃTシャツ】をスタートに。
あ、それ10年前でした。

顧問していた部活動でデザイン。

協力隊の訓練所でデザイン。

先日はエイズ対策でデザイン。

ついでにレッドリボンずきんちゃんもデザイン。

気の赴くままに、墨で書いたり、ペイント機能を使ったりして製作してきました。

そして、今回ケニアの協力隊で日本の大震災のチャリティTシャツを作ろうというプロジェクトが発足しまして、

なんと

私にオファーがきました。

すいません、言ってみたかっただけです。オファーって・・・。



何か出来ないかと思っていた矢先、私にはTシャツをデザインすることぐらいしかない!

と、これもまた、言ってみたかっただけですが。

お役に立てるなら喜んで!ということで、今回のプロジェクトが動き出しました。


こんな紹介になりましたが、プロジェクト自体は至って真面目なものです。

詳細については、次のブログで!!

2011年3月15日火曜日

がんばれ日本。がんばれ東北。

今、世界中が注目している「日本」。


世界中がエールを送っている。
「がんばれ日本。がんばれ東北。」
「不屈の精神で、乗り越えてくれ。」

この3日間、日本のことを知ったケニアの同僚からも続々とメールが届いた。

「MIHARUの家族は無事か?」
「こんなメールをしてすまない。JAPANのことを心配しています。」
「MIHARUの国にどうか神のご加護を」

他人事ではないと。

日本の知り合いが私を通してケニアを身近に感じていてくれているのと同じく、

ケニアの彼らも私を通して日本を身近に感じていてくれる。

そして、祈ってくれる。


4日前、ケニアJICA事務所から携帯に突然届いたSMSメール。

『 Nihonjikan 2011.3.11,2:46pm ni miyagiken hokubu de shindo7
  (Tokyo shindo5) no jishin ga arimashitanode renraku shimasu. 』

そこから立て続けに日本大使館からのメールが届いた。

事態の大きさに気づくのに時間は掛からなかった。

今やアフリカでも、インターネットで簡単に見られる日本のニュース。

おそらく被災している人々よりも多くの情報を、はるか遠いケニアでキャッチしている。

「壊滅的」、「遺体が打ち上げられている」、「原発爆発」、「1万人不明」、見るたびに増えていく「死者数」・・・・。

それらが一体どんな状況を表現しているのか想像しがたい言葉の数々。

そして、想像するまでもなく画像を通して目に飛び込んでくる信じがたい光景の数々。

大自然の脅威の前では日本もケニアも関係ない。


実は地震が起こったその日、仙台出身の同期隊員がうちに遊びに来ていた。

 鳴り止まない彼女への電話。

日本からもケニアに住む日本人からも。

とにかく、彼女の家族は無事だったとのこと。

「よかった」


けど、「よかった」では終わらない。

彼女の故郷。

私たちの母国。

史上最大規模の地震と津波によって奪われたものの大きさ。

被災地の人々を襲い続ける大きな疲労と不安。


ケニアに来て何度も停電、断水を経験している。

赴任当初の2ヶ月間、水が出なかった生活。

生活に必要な水の大切さを痛感した。

そして、水の確保の仕方も、節約の仕方も、毎日の生活の中ですっかり慣らされた。


しかし、そこはアフリカでなく、日本。


この時期、東北地方のまだまだ身にしみる寒さの中で、

水も生活環境も確保出来ない状況の中で、

大切なものを失った状況の中で、

被災地の人々をさらに襲う大きな疲労と不安を想像するといたたまれない。

昨日TVのニュースで見た、遠くを見つめてたたずむ日本人男性の映像。


言葉がでない。

考えると涙が出る。

そして、どれだけ想像しても何も出来ない自分。



政府の援助、海外諸国の援助。

きっと、それらを待つだけでなく。

決して、それらに頼るだけでなく。

住民同士で支え合い、助け合い、

しっかりと動き出してる、被災地の人々たち。



それが、日本国民。



そんな風に語られることを誇りに思いながら。

日本の協力隊として何も力になれない自分をもどかしく感じながら。



被災地の皆さんに笑顔が戻る日と、一日も早い復興を、

ただ、ただ、祈るばかりです。

犠牲になられた多くの方へのご冥福をお祈りするとともに、


どうか皆さん、

がんばって。


朝刊(3月13日付)
見開きで日本の地震の記事

朝刊(3月14日付)

朝刊(3月15日付)